なおみ庵

子どもの可能性

母が昔からよく私に「なおみには、何か優れた才能が
あるかもしれない。それを何とか見つけようと思ってたけど、
まだ見つからない(笑)」って話をよくしていた。

私が思うに、まだその才能は見つかっていない。
あまり才能と呼べるようなものは、なさそうだしなあ。


あやが生まれたとき、無事に生まれてくれて、
万物に感謝したときの気持ちは忘れない。

子どもはあるがままでいい、その存在だけで私には嬉しい。

根底にあるその思いは変わらないけれども、
子どもの持っている能力や可能性を伸ばしてやるのも
親のつとめなのかなあと思う。

昨夜からの報道で、バン・クライバーン国際ピアノコンクールで
優勝した辻井伸行さんのニュースを聞いていて
そんなことを考えました。


幼い頃に、お母さんの鼻歌に合わせておもちゃのピアノを
弾いたという全盲の青年を導いたのは、ご両親であったと思うし、
それまでの道のりを思うと、生半可な言葉では
尽くせない・・・尊敬の念を禁じえません。

そして、今朝、辻井さんのお父さんが涙をこらえて
「ひとつだけ忘れられない会話がある。
息子が高校生のとき、別に目が見えなくてもいい、
でも、たった一日だけ見えるようになるなら
お母さんの顔を見たい。そして、次の日からまた
見えなくなってもいいと言ったときは・・・本当にかわいそうに
思いました」と話された様子を見て、号泣した世の中の
お母さん、大勢いただろうなあと思う。

私は涙も鼻水も流れました。

さて・・・私の眠れる才能はそのまま眠らせておくにしても、
私はあやのどんな可能性を伸ばしてやることが
できるのでしょうか?



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