FC2ブログ

洋裁はできませーん

昨日、神戸の伯母(母のすぐ上の姉)のお宅に
行って来ました。

母はここ数年、伯母の家で洋裁をするのが
何よりの楽しみになっているようで、
昨日は私が休みだったので、一緒に行って来ました。

私はただの運転手で、伯母の家に行っても
洋裁のお手伝いはできません。
家政科で学んだはずなのに?
会社員の頃も洋裁習ったのに?

「はい、ここ、きりびつけして」と言われて
やってみるものの、まあ、面白い仕上がりになります。
私は「あ、糸抜けてしもた」とか、そんな調子なんですが、
熟練の伯母と母でも時々「あ、ここは違った!」とか
「助手!クビ!」って、ケラケラ笑いながら
針を進めています。


ミシン


伯母の仕事部屋にある、足踏みミシン。
結婚後ずっと使っているらしいから、40年以上動いている
働き者です。
すごいなあ。ずっと使い続けているから今も動くんだよね。
伯母とずっと一緒に過ごしてきたと思うと、私でさえ
見ただけで、感慨無量になるミシンです。

このミシンがカタカタ動く音、生地の匂い、
たくさんの服地が広がっている畳、
なんとも言えず心地よい空間です。

昨日は母のジャケットを縫っていたのですが、
それがどんどん出来上がっていくのを見てるだけでも
楽しいものです。
自分はできなくても、やっぱり好きなのかな。


庭


カメラを忘れた先日は、ヒヨドリが器用に椿の蜜を吸ってる様子が
ずっと見られたのに、昨日は鳥の姿を撮影できず、残念だった。

手前に椿、その奥おもしろい枝の形から紅葉の赤い新芽、
奥にまあるい金木犀、左手にハナミズキが花をつけ始めていました。

お昼はいつもおいしい手料理をいただきます♪
母が「これだけ通っていても同じ献立が出てきたことがない」
っていつも感心しています。

伯母の家でごちそうになると、私も家に帰ってから
「ちゃんとご飯を作ろう」「きれいに家も掃除しよう」という
気持ちになります。

持つべきは人生のお手本ですね。

いつかこういう風になりたい、と思える人や生活が
身近にあるということは、
とてもありがたいことだと思います。

人はいくつになっても、やっぱり働き続けるものなんだと
教えてくれるのも人生の先輩方です。

でも、今みたいに会社や周りにもまれて、
ごちゃごちゃ慌しく働くんじゃなくて、
ちょっと余裕を持って、家のことをことことやりながら
静かに暮らせたらいいなあ。

そういう夢だけは持ち続けようっと。

造幣局・桜の通り抜け

むはははは。
前回の記事ですが、ayameさんに「村上?村山?」って
さりげなくコメントもらってたのに、
もう私の頭の中に一度「村上春樹と同じ苗字の村上由佳だ」って
インプットされたら、それを訂正して覚えなおすっていうことが
できませんで・・・・。

失礼しました。正しくは「村山由佳」さんです。
「おいコー」の人です。読んでないんだけど。
訂正できるところだけ、訂正しました。


さて、さて、今回もお出かけカテゴリの記事です。

大阪・造幣局の桜の通り抜けに行って来ました。

ここもねぇ、一度行ってるのに、
ヒロシに「行ったことないなあ」とか適当な返事をして、
叱られました(≧▽≦ノノ゙


さくら


満開もあれば、まだつぼみの桜もたくさん・・・。
桜ってこんなに種類があるのねぇ、と驚きました。
「楊貴妃」とか「秋月」とか、名前だけでも素敵!


さくら


「今年の花」っていうのがいつも決められているらしく、
今年はこの「妹背」という桜でした。


さくら


ソメイヨシノもいいですけど、こんなにこんもりと咲く
八重桜もかわいいなあと思いました。

さくら

でも、一番見ごたえがあったのは、しだれ桜でした。
大樹で、きれかったです。
全景を撮ってほしかったのだけど、なんせすごい人で・・・。
(撮影は全部ヒロシ)

さくら

こんな感じの押しくらまんじゅう状態で、みんな
カメラを構えてるので、全然進まないのよね。。。

今年は夜間のライトアップも中止だったので、
昼間の人が多かったのでしょうか?


造幣局


造幣局って広いのねぇ。
敷地内に、立派な建物がたくさんありました。


近所はもうすっかり葉桜になってます。

東北の方々も桜を見る余裕があればいいな。





よみうり読書 芦屋サロン

先月の29日の読売新聞に村山由佳さんの「TSUNAMI」という
短い書き下ろし小説が掲載され、その村山さんを囲んだ読書会が
近くの芦屋であるというので応募したら、当選したので、
今日、出掛けてきました。

芦屋の駅に降りたの、ケーキ屋さんでバイトしてた頃か?
お茶を習ってた頃以来?だから20年ぶりくらいかも知れない。
震災があったのに、あまり改修されてないのかな?
全然変わってなかった。

桜吹雪の舞う芦屋川沿いを気持ちよく歩いて、ホールに到着。
開場時間から5分遅れくらいで着いたのに、
もう正面のいい席は、埋まってました。

年配の人が多いのにはびっくり。大学生も集団で陣取ってたけど。
まあ、平日の昼間なら来れる人は限られるか・・・。

私は自分より若い人の小説はあまり読む気が起きないけど、
60歳代~70歳代の方々になれば、自分より年上の作家も
少なくなっちゃうよね・・・。


「TSUNAMI」は、9年前に別れた男女が
かわいがっていた猫の死をきっかけに
余震の続く街で再会する物語なんだけど。

この物語は震災の3日後に書かれたものだそうです。

今日、村山さんは「目の前の映像が、自分の言葉の
すべてを超えてしまったと感じた。
この現実を虚構の世界に取り入れていいのかどうか
すごく迷った」と言ってました。

だけど、少し落ち着きを取り戻した今、これは
あの時でしか書けなかったものだって思うって。

「今回の震災で、言葉の無力、人の気持ちに言葉が
追いつかないということを痛感したけれども、
だけど、私は言葉にして書かないと、心の整理が
できないし、私自身を救うために書いた。
それがいつか、誰かの励ましや慰めになれば、
これ以上嬉しいことはない」って。

作家ってこういう人なんだろうなあ。

お母さんが村山さんの作家の芽を育ててくれたそうです。
作文や日記を書くのは大好きだったけど、
夏休みの絵日記には、お母さんから「絶対に、
『今日は・・』で始めたらアカン!」って厳しく言われ、
会話文から始めたり、いろいろ工夫して、高校生の時には
村山さんが書いた小説をクラスメートが回し読みするくらいに
なっていたらしいです。すごい。

村山さんは私と同い年なんだけど、東京生まれで、
今は軽井沢に住んでいて、関西には縁がないと思ってたのに
「TSUNAMI」に出てくる男の人の関西弁が完璧だったのね。
すごいな~って思ってたら、その質問が出て、
ご両親が大阪の人らしく、東京に出てからもずっと
関西弁を使ってたので、村山さんもずっと関西弁で育ったらしい。

「家に帰ったら関西弁で、ただいま~です」って話した
言葉のイントネーションは関西人そのまんまで、
ちょっと身近に感じられました。

私は「TSUNAMI」を読んで、猫が死んでいく描写が
あまりに切なくて、涙があふれたけど、
人はみんな感じ方それぞれだから、今回の読書会では
村山さんの生の声が聞けるのはもちろん、他の人が
この話を読んで、どういう風に感じたのかを聞けるのが
楽しみだった。

10人以上の人が質問に立ったけど、なんか・・・
あんまりうーーん、なるほど~そういう読み方もあるんだ!
っていう感想はなかったな。

中でも最低だったのが、一杯呑んで来てるのか、
赤ら顔で舌も回らず
「ワシは官能小説を読むのが好きなんですけど、
村山さんも官能小説家ですか?」って聞いたおっさん!
そんなので、一番前の席に座るな!

だけど、村山さんの対応はすばらしかった。
そういうこと、もう何度も何度も聞かれたんだろうなあ。

笑いながら「私って何小説家なんでしょうねぇ?
ただ、官能的なシーンを官能小説家のように書ける
作家でありたいと思っています。
どのジャンルにも枠決めされない作家に
なりたいですねぇ。」

「皆さんも十代、二十代の若い頃は、三十代や四十代の大人が
恋愛するなんて、想像してもいなかったでしょう?
みんな自然にお父さんやお母さんになって・・って思ってたでしょう?
自分も四十代になってわかりますが、このくらいの
年齢になると、守りたいものもあるし、引きずるものも
たくさんある。そんな制限の中での恋愛って、
書いていてすごくおもしろいんです」だそうです。

実は私、「星々の舟」しか読んだことないので・・・。
「放蕩記」は読んでみたいなあ。

今日は半日、楽しく過ごせました♪

少し歩いてます

今は週に2日ほどの出勤ですが、徒歩通勤を続けています。
休みの日もできるだけ歩くようにしてるんだけど、
今度はまったく乗らなくなった自転車がすねて、錆びてきそうで
ちょっとかわいそうにもなってきた。

歩いていると、当初は「あー!あの青信号で渡れると思ったのに、
自転車とはこんなにスピードが違うのか!?」って
焦ることもあったけど、それも慣れてきて・・・・。

車や自転車とは見える景色がぜんぜん違うのね。

鳥の姿も目で追いかけられるし。
だいたい、自転車乗ってたら上を見上げることなんて
危なくてできないもんね。

ここの電線にはスズメがたくさんいるなあ・・と思ったら
精米工場の近くだったりして。
さまざまな発見があって、楽しくなってきました。

2週間ほど前、葉はすべて落ちていて、
青空に映えて枝の形がきれいだなあ、
こんな複雑な枝の間を飛び回ったらいろはも楽しいだろうなあ、
いつも狭いケージの2本だけの止まり木を
ちょんちょんしてるだけだもの・・って思って見上げてた木に
昨日は新芽がたくさん!

丘のあるまち


休日は、ほとんど車で移動し、あまりに運動不足なので、
ヒロシと散歩に行ってきました。

近所の桜もほぼ満開に近いです。

さくら



いろはも気分を変える意味で、連れて行ってきました。


さくらといろは

花見する鳥。
でも、花を全然見てない。キャリーの止まり木にずーーっと話しかけてた。


近くのヨットハーバーへ。


ヨットハーバー

ヒロシと「こんなに近所なのに、ここに来るのは去年の夏の
花火の日以来だなあ」と話す。
ほとんど犬の散歩の人ばかり。鳥の散歩の人はいない。

海辺のみち

ヨットハーバーをぐるっと回ると、海辺のみち。
我が家も見えてきました。

いろはと我が家

我が家をバックに、はい、ポーズ。


この心地よい季節の間だけでも、歩くこと、続けられたらいいな。

新年度に

4月でございますね。
入学式、入社式の方もおられたようで。。。

私は依然、身近なぎっくり腰救援隊作業を行っておりました・・・って
たいしたことはせず。
ただ話し相手に行ってたようなもんですが。

久々に実家に通って、話をしたり、その生活を見ていると、
父も母も歳をとったなあと思う。
当たり前だけど。私も歳をとってるし。


昼食を食べたあと、突然、父が「この前、あやが
『おじいちゃん、あやを大学に行かせてくれてありがとう』
って言うてくれてなあ。。。」と目に涙をためて感動している。

ふむ。おじいちゃん、あやが大学に行ってることは覚えてるんだなあ、
でも・・はて?あやがそんなこと、言うかな?と思ったけど、
母が言うには、数日前ににも同じことを父が言ってたらしいので、
もしかしたらほんとなのかな?と思って、あやにメールで尋ねたら
「言ってない(笑)」って返事。

なのに、また「たったひとりの孫だから、何でもしてやらないと」
って何かを決意したかのように、涙を浮かべてる。

うーーーーむ。これは明らかに私とあやを間違えてます(笑)
私は何度か父に、大学に行かせてくれてありがとう、という話は
したことがある。
20年以上前のその記憶と、今のあやが重なってるみたい。


ずっと前なら、「違うよ!おじいちゃん!あやはそんなこと
言ってないって言ってるよ!」って、訂正しようとしてたはずだけど。
思い違いしている父にわからせようと、
むきになって大声を出していたかもしれない。

私も歳をとったから。
何も悪い影響が出る話でもないし。
「そうなん、そうなん」と笑って話を聞いて過ごせた。
父があやにそういう思いでいてくれることは、ありがたいことだから。


変わらないものはないのですね。諸行無常ですね。

私の性格からか、年齢からか、どうしても安定したもの、
安心なもの、経験してわかっているものばかりを求めて、
滞りなく過ごしたいという安易な気持ちが多いように思う。

変化を柔軟に受け入れること、これはずっと生きている限り続く
私の命題だ・・・年度替わりの今日思ったことでした。

プロフィール

なおみ

Author:なおみ
夫・ヒロシ、娘・あやと日々の暮らしを綴っています。
セキセイインコのいろはは2018年5月に虹の橋を渡りました。

カレンダー

03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近の記事

最近のコメント

愛鳥活動

月別アーカイブ

カテゴリー

カウンター

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: